2020年6月27日 No.1293
国土地理院の「点の記」を閲覧すると点名が「雷峠」になっている。点名と山名が一致しないのはしばしばあることだ。しかし、先ほどの地倉山の下の雷峠と混同しそうだ。昭文社の地図には「コブシ嶺」と書かれているが、三重県の山では「マブシ嶺」とした。松浦武四郎は乙酉紀行(1885年)で、 「此脈、本小屋嶺、槙塚、白欠、ありの木嶺、まぶし岳、中岳より竜辻に至る・・・・是を南大台と云。」と記しているので、マブシ嶺とした。埋標は明治26年なので、武四郎がこの地にやってきた8年後ということだ。東の川の上北山村出口から三重県側の木津へ抜けているので、生活道路があったと思われる。 地理院の測量順路もそのように記してあった。










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